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クロアチア主将・モドリッチ 難民出身、手榴弾の中でプレーしたその生い立ちとは(ハフポスト日本版)

クロアチア主将自国初めてワールドカップ決勝進出導いモドリッチ

レアルマドリードの3連覇貢献FIFAFifpro国際プロサッカー選手会ベストイレブンにも3連続選出されている。今回活躍あわせて世界最高MFての名声ますます強固ものしようとている。



試合喜び爆発させる姿が「無邪気かわいい」とSNSでも話題なっているモドリッチしかしその幼いは、苦難たどっこと知られている。

1985モドリッチ生まれたのはユーゴスラビアクロアチア)のザダル郊外モドリッチだった。

ユーゴ紛争始まった1991生まれ小さなセルビア標的なった。スペインで2012放送されたドキュメンタリーよると、当時生家周辺には、地雷埋まっていること示す標識あったという


ルカいう名前授けてくれた祖父は、9112月、世話ている最中セルビア殺された。家族は、60キロ離れザダル逃れ難民なったとガーディアン報じている。

6難民なっモドリッチは、家族ともにザダルホテル暮らした。ホテル駐車場で、一日中サッカー暮らしモドリッチ少年

その入団するNKザダル会長は「痩せていて、本当小さかったが、すぐ特別だと感じた。ただこれほど活躍するとは想像できなかった」と話している。


実際ところ幼かっモドリッチ戦争恐怖それほど感じていなかったという

しかしモドリッチの「サッカー」と称された指導者トミスラフバシッチ当時こう振り返っている。

もの手榴弾爆発NKザダルチームトレーニングていたピッチにまで落ちてきた。たちそのたびシェルター駆け込んだ。サッカー現実から逃げる手段だった」

2002モドリッチは16国内有力クラブディナモザグレブ下部組織迎え入れられた。

トップチーム昇格の2003クラブと10長期契約結ぶこの契約金で、モドリッチ家族暮らす購入た。このようやく一家難民生活終えることできたという

2005移籍から戻るチームリーグ3連覇貢献、2007にはリーグ年間優秀選手選出された。トッテナムホットスパー経由て、2012現在プレーするレアルマドリード移籍た。

今大会クロアチアは、決勝トーナメントすべて試合延長いう激闘制し決勝舞台駆け上がった。

イングランドとの準決勝延長での逆転劇満身創痍終盤立ち上がるのもやっとだったモドリッチだが、119交代する瞬間まで気迫失わなかった。

15行われる決勝は、初優勝かけフランス対戦する

戦争爪痕残るクロアチアその歴史背負っ英雄活躍に、国民期待高まっている。
Source: yahoo.co.jp